36歳後半から、急に体質の変化を感じたので記録しておく

どうも、36歳の吉高(女)です。

数ヶ月前から、体の変化を如実に感じ始めました。せっかくなので書き留めておこうと思います。

今まで「30歳過ぎたら体力落ちた」「代謝が悪くなった」などを聞いてもピンと来ておらず、正直18歳のときと比べても体力も代謝も同じような感じがしていたのです。

でも、36歳も半ばを過ぎた頃からでしょうか。急に、そして確実に、体が変化しているのを実感したのです。

前提:人間を1人出産した

約3年前に子どもを産みました。産後は自覚はなかったけど、思い起こせば体力がめちゃめちゃなくなっており「なぜか走れない」と感じていましたし、実際に走れませんでした。

そうか、おばさんって街なかを走らないけど、「走らないんじゃなくて走れないんだ!」そう目からウロコが落ちた瞬間です。

しかし程なくして —— 生理が戻ると ——、体は産前のように思うように動くようになり、「おばさんが走らないのは、ただ走らないだけなのだ」と改めたのでした。

ここで言いたいのは、産後約8ヶ月だけは体の変化があったけど、その期間を除いては18のときと同じような感じだったということです。少なくとも自覚的には。

いわゆる老化の第一歩なのかもしれない

36歳の後半に突入してからというもの、自分の体に対してあらゆる変化を実感するようになりました。

食:明らかに食べられる量が減った

まず食が細くなりました。

高校生の頃は、毎日トンカツが食べたかったし、コーラが飲みたくてしょうがなかった。社会人になってからはそんなことはなくなったけど、「よく食べるね」と言われることは多かった。

でも、それが食べられなくなった。

もはや夕飯に白飯がなくてもよくなってしまった。60になった母や義母は、健康のために(太らないように)夕飯の白飯を抜いていると言います。

しかし私はただ単に欲しなくなった。目の前にあったら食べられないこともないけど、なくても大丈夫。

またそれまで毎日のようにアイスを食べていたけど、もう毎日はいらない。

旅館やホテルに泊まることがあっても、夕飯はバイキングは避けたい。夕飯のバイキングはもう満足できないということもありますが、せこい話ですがもはや元が取れるような気がしません。

量が昔ほど食べられなくなったとき思ったのは、「もう次の世代に譲れということだな」でした。食べ物そのものもそうですが、メインの世代、という意味も含んでいます。

エネルギーがもうさほど必要ではなくなったという体の判断なのだと感じたのです。エネルギーを必要とするのは若い人であり、だからエネルギー源は若い人たちに譲るべき時期に入ったんだなと。

髪の毛:白髪を見つけられるようになる

数年前からごくたまに白髪を見かけることはありました。

しかしこれが現在どうなったと思いますか。

「よし、今日は白髪を見つけよう!」と決めてから髪の分け目を変えて鏡で見ると、”必ず”1本は見つけられるようになったのです。

昔母がこう言っていたのを覚えています。「若い人はどんな髪型でもできる。でも年をとるとポニーテールなどできない。なぜなら髪を上げると白髪が出てきてしまうから」。

なるほど白髪が出てくると、髪型は昔ほど自由にはいかなくなりそうです。

皮膚:「たるむ」とは、こういうことか

さらに皮膚ですが、「たるむ」ということが、悲しいことに実感としてわかってきました。

漫画『だめんず・うぉ〜か〜』だったと記憶しますが、「走ってるとお腹の肉がブルブルと震える。この感覚、わかってくれるかな」という一文をその昔読んだことがあります。

当時まるでわかりませんでした。

それが今、わかるんですよね。

私は下半身デブなのですが、上半身はゴツいものの余分な肉はついていませんでした。

が、36歳後半に突入してから、なぜかなぜかなぜか余分な肉がついてるんですよ! お腹と二の腕に。そしてこの贅肉はもう取れないような気がしてならない。

走ると、自分の体なんだけど体にぴったりとそれらの肉がくっついてる感じがしない。ちょっと遅れて腹や二の腕の肉がブルブル震えるというか。二の腕は巨神兵みたいに飛べそうな気がしてくる。

今なら・・・飛べる!

腹の肉は出産と無関係ではなさそうだけど、出産してなくてもいずれ付いた肉な気がする。出産で拍車はかかってるだろうけど。

また背中にこれまでは余分な肉は付いていなかったけど、今・・・付いてるんですよ・・・なんでだろ。

ウエストがゴムのズボンを履くと、肉が・・・乗るんですよ・・・。これって、結構怖いなあ〜と思うんですよ・・。

睡眠:眠りを必要としている

宵っ張りです。

午前2時3時にこれまで寝ることが多かったのですが、それでも翌日にさほど打撃はありませんでした。少なくとも自覚的な部分では。

しかし今午前2時に寝ると、翌日のパフォーマンスが落ちているし、眠った方が体調がいい・・・。

古から睡眠は大事だと言われているけど、これまではあまり眠らなくても体調にダイレクトに反映されてこなかったのですよね。

なので睡眠がなきゃ生きていけないのはわかるけど、そんな気にするほどのことだろうか、と思っていました。睡眠の本が何で流行るんだろう? と。

でも今は「睡眠大事!」って思いますし、夫にもちゃんと睡眠をとって欲しいと切実に思うようになりました。。

やせるの難しいんじゃねえのか

ちょっと前まで冬は8キロ太って、夏に8キロやせる、という動物的な年を多く過ごしてきました。

しかし感覚的に「やせるの、難しいんじゃねえの」ってある種の確信を持って感じています。

運動しても、食事量を減らしても、こまめに動いても、簡単に体重は減らない確信がある。

母は年中健康のためにダイエットをしていて、寝る前は食べないようにしたり、夕飯の白飯を抜いてるのになんでずっと母の腹は出たままなのか、体重がなぜ長年の間落ちないのか不思議でたまらなかったけど・・・多分、そろそろ理解できる。

まじで名前が出てこない

恐ろしいことに、「ほら、あれだよあれあれ!」の”あれ”が本気で出てきません。

以前も物の名前が出てこないことなんてザラにあったけど、でも頭にストックされているのはわかっていて、ただそれがすんなり取り出せていないだけだった。

でも最近は、”あれ”の名前が入っている箱がポーンと遠くに飛ばされてしまってどこか行ってしまった感覚で、「おそらく考えても、もう名前は出てこない」。そう、ちょっと前とは違う感覚の「あれの名前が出てこない」になりました。怖。

ファミレスで満足できない体になってしまった

体質の変化とはちょっと話がずれるかもしれないけれど、ファミレスで満足できない体になってしまいました。

特に学生の頃なんてファミレスが大好きで、何食べてもおいしかったしテンションも上がってました。

そう、今までイイものを食べてなかったおかげで、何を食べてもおいしかったのです。「何食べてもおいしなんて幸せ!」と貧乏体質をありがたがっていたのにどうだい、今は。

先日家族3人でファミレスに行って、4千円払ったときに悔しさがこみ上げてきて気づいたのです。

そう、楽ができる、という点では大変ありがたいのだけど、「っあー!! おいしい・・! おいしかった!!!! 満足です!」とはならないのです。別に普段イイものを食べてるわけじゃないのに。

しゃべるのがメインだったら気にならないけど、「食べに行くこと」をメインにファミレスに行くと、もはや満足感を得られなくなってしまったのです。

「ハンバーグ! うわ、ポテト! ピピピ、ピザまで! ヒャッハー!」そんなテンションのぶち上がりも失ってしまったと気づいてしまいました。

思うように体が動くとは

ということで、何かと変化を感じる最近です。

以前80代の祖母が、とあるお店の70代のおばあさんに話しかけられていた言葉が思い出されます。

「おばあちゃん、私たちの年代で体が自由に思うように動くなんて人はいなくて、みんなどこかしら痛みやら不具合を抱えながら生きてるんだから。私もそうなの。だから頑張ろう」

お店のおばあさんは一見ピンピンしていたので「じつは脚の痛みを我慢しながら生きてる」とは到底思えませんでした。

自分の体が思うように動くとき、目に見えて不自由を抱えている人でない場合を除いて、人々は自分と同じように体が思うように動いている。そう思いがちです。私は若いときほどそうでした。

おそらくこの体の変化は序章なのでしょうが、「健康で体が思うように動いてピンピンしてるのは、すごいことなのかもしれない」「若者は最強だ」そんな気持ちがどんどん湧いてくようになりました。

働けるうちに働いて、稼げるうちに稼ぐ。そして出かけられるうちにどんどん出かけた方がいい。と体の変化とともに思うようになった私は、今日も非常にゲスなネット記事などを見ながら午前2時になってしまう日々を送ってます。

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